2012年10月15日

行けてない

こんにちは
私の手術から始まり
慌しい夏だったのですが
その後9月に父が同じ病気だった事が分かり
(遺伝って恐ろしいわ)
生まれ持った心臓の病気
発作性上室頻脈の手術を2泊3日の入院予定で9月19日に
行いました。
平日だったので私と母と弟夫婦が立ち会いました
かなりの時間が過ぎ
なかなか、連絡が来ない中、なにかあったのではと
心配になってきたとき
トラブルがあったとの連絡
緊急を要しているので
ザックリとした説明で
署名して心臓の周りの心まくに溜まった血液を抜いてもらう。

ザックリした説明は2度目の焼いた5分後血圧が低下して処置したら
血圧が戻る(この時時間は正午12時5分)そしてその後また脂汗が吹き出るほど出て血圧低下して心まくに血液たまりここで私たち家族に
連絡(時間は13時半過ぎ)

心臓のところに針を刺し血液を抜く処置を行う。100CCほどの血液があるはずとの説明だったが実際は300cc

この処置の後、父と対面できたが
青白い顔色に、もしかして・・・と、最悪の事態を考えました

この日から、何度も実家の近くのその病院まで
らんを車に乗せて実家におろし
病院に行くという生活を送り
かなり、忙しい毎日でした。
先生との話は、母だと医学用語がたくさんで分からないというし
実際、経験している私の方が的を得た質問が出来るので
私がすべて聞く事にしました
たぶん、いや明らかにミスでしょう
でも、オオゴトにしても勝ち目のないもの
それが分かっているので
ミスを認めたうえで、元の状態でいいので
もどすよう強く主張しました
大きな声では言えませんが
ミスは認めました
その上で、治療をしていただいて
先日退院しましたが
元の状態には戻れていません
生活するうえで支障がないと言われてしまえば
それまでなのですが、
心臓に違和感を抱えながら生活をしていかなければなら父を
思うと、やはりモヤモヤが消えません
それから、気になる事を退院した父から聞きました
今回、初めの目的だった不必要な回線を切るための
手術だったのですが父のはどこにあるのか
分からなかったんだよと、父に最後に言ったそうです。
・・・・これを聞いて、ではいったい何を二度も焼いたのでしょうか?

信用ならないな〜
と確信した瞬間でした。
私が手術したところに変更しようと
強く心に決めた瞬間でした

やっぱり、医者も人だから信頼できる人か
自分の目で見極めることが大切なのかも

あ〜でもね、正直疲れた
医学的なことなんて
私にだってさっぱりなのに
ドクター相手に言いたいこと言うって
体力いるのよね〜
かなり、ドクターは私のことを嫌いになったと思うわ
最後まで目を合わせないのよね〜
おまけに、退院前日今後の事などは娘に全部説明してもらえますかって、言ったら一度拒否されたみたいで
どんだけ、私怖かったのかしら〜
こんなに優しい日本女性なのに顔(ペロッ)

そんなわけで、らんちゃんをトリーミングにつれて行けてない
勿論、散歩は毎日行ってるしシャンプーだってお家でしてるんだけどね
お顔の周りの毛が、まだらに長くなっちゃって
ライオン丸状態顔(泣)
そんなお顔もちょー可愛いんだけど
パパさんが美人が台無しだと・・・あせあせ(飛び散る汗)

急いで、予約しなくちゃ

ニックネーム ベリー at 14:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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